2017年3月22日水曜日

よそ見ダメ絶対

ボクシング漫画の金字塔として知られる名作「はじめの一歩」、 この漫画の登場人物の一人である青木勝の必殺技に「よそ見」がある。



まあリング上でその通りによそ見して、相手がつられてよそ見した瞬間にパンチを打ち込むという本気なのだがギャグなのだが良くわからない技である。
そもそもよそ見した瞬間に相手がつられずいきなりぶん殴られてKOとかないんだろうか・・・・
まあそのリスクがあるからこそ相手もつられ易い”恐ろしい技”と作品中では形容されているが。

だが実はこれ、日本ボクシング史上に名を残す名チャンピオン輪島功一さんが現役時代に実行していた技らしい。
伝説のチャンピオンがやっていたとなると、それなりの効果がありそうだし、何だがいきなり凄い技に思えてきてしまう・・・・


さていきなり話を変えよう。

二週間ほど前のフリー雀荘でのことだった。
南2局、点棒状況としては大体以下の通りであった。

東家 5000
南家 45000
西家(私) 35000
北家 15000

7巡目を過ぎた時私の手は以下の通り、
二三四六七④⑤⑥⑥⑦3388 ドラ⑥

まあ考えるまでも無くソーズの雀頭のどちらか落とし、
ちょっと場を見て打8とした。

するとその直後にトップ目の南家がいきなりのツモ切りリーチ。
「はってたのか・・・」と思いつつ、
まあ点棒状況的に良形ダマはあっても役なしからのリーチだろう、
当たる可能性もかなり低いし当たってもリーチのみだろう、と先ほど切った8のもう一枚を切った。
ところがその瞬間に南家の「ロン」という発声と共に手牌が開かれる。

一一12345667③④⑤赤 ドラ⑥ 裏2

一発裏で8000点の祝儀3p。
前巡に2000点の祝儀1pだったのをスルーしてのこのあがりである。

一瞬、
本当に何が起きたか解らなかった。

たしかにこういったツモ切りリーチを戦略上する時はある。しかしこの形はとてもそれが有効な形ではない。
しかも良形役無しからのスルーならまだしも、ピンフがついている形、さらに今回点棒的にも南家がこの手をダマにする事はあっても見逃す意味はほとんどない。
フリー雀荘において他の人の打牌理由なんて全部は信用していないが、それにしたってこれは考えられない事態だった。

そして頭の中でこの見逃しの理由を必死で探した。
トイツ落しが見えた?
いや見せてない。自分の手牌を相手に見せない点はいつもかなり気を使っているし、並びからも読めないはず。
そして100%の確信がないかぎり見逃せない局面のはず。
まさかガン牌でもされてるんじゃ・・・・・・

何故だ



そして数秒後、その疑問が氷解した。

ワシ「そういえばこの人さっきまで携帯いじりながら麻雀やってたな・・・・

つまり推察するに、
この人携帯いじってたがためにうっかり私の一枚目の8をスルーしてしまい、
仕方ないからツモ切りリーチかけて一発で私がハマったという訳である。





そんな理由でここまで点数と祝儀pを余計に払わせられるとか(--;)
ク●ゲーにも程があるでしょちょっと(--;)
精神的にかかったのもあり、この半荘は北家にもまくられ3着でおわる。

そしてこの半荘から先の10回、
3444333434とかいう10連続逆連帯の奇跡が始まるのでありました。

改めて皆さん、
麻雀中のよそ見ダメ絶対

(´;ω;`)ブワッ

2017年3月20日月曜日

私見にともなう麻雀プロ紹介その7:坪川義昭

さて今回紹介するのは、
先日結婚を発表した日本プロ麻雀協会のこの男、坪川義昭


http://mj-news.net/mjpro/pd/2016071545482

お相手は同じ協会員の女流プロ、三添りん。
スリアロチャンネルの「お悩み相談室」等でも知れられております。
というか夫より嫁の方が業界ファンからは知名度が高いと思われます^^;


http://mj-news.net/mjpro/pd/2016082648693

さて今日はそんな彼について、
僕の覚えている事を書こうかと思う。

彼が協会に入ったのは第五期、もう10年以上前の事となる。
当時北海道に住む19歳の大学生だった彼は麻雀プロを目指して試験の為に東京にきた。

「どうしても麻雀プロになりたい。合格すれば大学を辞める事も考えている」

まだあどけなさが残る10代の可愛らしい少年がそんな真摯な思いを語る姿を見て、
当時の面接官達はその熱意に喜びを感じ、一方で少々の戸惑いを感じたと聞く。
麻雀プロはけして独立して生計をたてられる職業ではない、彼には是非とも合格してほしいが、それが生活や将来を狂わせることにはならないだろうか、という不安を感じざるを得なかったのが正直な所だっただろう。

結局協会は彼に「大学を卒業すること、それまでは北海道に在住すること」という前提を伝え迎え入れたのである。

それから約二年、彼は大学生をしながらアルバイトをし、リーグ戦の度に上京する忙しい生活をおくる事となった。
年会費に交通費、色々と大変な中でも懸命にプロを続ける彼を見て、多くの協会員が心から応援し、僕も彼が東京に来る度に色々な場に誘ったりした。

その後彼は無事大学を卒業し北海道にて一般企業に就職する。
だた仕事の都合等で一時的にリーグ戦を休場する中、やはり競技プロへの情熱を抑えられず、ついに数年後(今から5年前位)に「麻雀に骨を埋めたい」という気持ちから上京、そしてマーチャオに就職する。
彼が上京したことを聞いたときは「仕事やめちゃったか、、、、( ̄▽ ̄;)」と思いつつも、生粋の競技麻雀愛好家がまた一人東京に増えた事を嬉しく思ったものだった。

思えば、こんな風に一人の青年が長い年月で麻雀を軸に自分の人生を意思決定し形成していく姿を見る機会は、これだけの年数業界にいる僕でもあまり見る物ではない。そういう意味で彼は非常に印象的な後輩の一人である。
そしてその麻雀を通してついには伴侶まで得たわけだから、まさに彼の人生は今までもこれからも「麻雀ありき」なんだろうなあ、と思う次第だ。

2017年3月14日、坪川のそして二人の新たな門出、心からお祝いしたい。
本当におめでとう。






さて、
このまま終わると「坪川=麻雀に人生を捧げてきた真摯な男」みたいになるのだが、
それだと面白くないので違う側面にもちょっと触れておこう。

彼は既述の通り19歳で協会に入った。
そのあどけなさが残る可愛らしい容姿、北海道から来る真摯な姿、そして物静かな普段の態度は当時の先輩達、特に女流に大人気であり協会内のアイドル的存在だった。

たとえばある日、彼がヤングジャンプの水着グラビアを見ていると、先輩女流がいきなり雑誌を取り上げて「よしクンはこんな物読んじゃダメ!」と言ったほどである。
実際に僕も彼の事を「麻雀に真摯で他には特に趣味も無いのかなあ」とか思っていた。

しかしある日の事だった。
リーグ戦後の飲み会で彼をカラオケに誘った時に事件がおきる。
その時も彼はおとなしく端に座り何も歌って居なかった。「こういうお祭り騒ぎは苦手だったかなあ」と連れてきた事をちょっと申し訳なく思った位だった。
、、、、が、とある女流が入れたアニソンが流れた瞬間、いきなりあいの手を入れて彼が踊りだしたのである。
そこには今までのイメージを全てぶち壊す位の姿があった。

それ以来色々な所で彼はそのアニオタっぷりを発揮。
気付いたら彼は、最初の「可愛い」というイメージから、すっかり「アニオタ」になっていた。
そして数年後に上京した際、彼は「アニオタ」からすっかり「ももクロオタ」になっていたのである。

可愛い → アニオタ → ももクロオタ

思えば、こんな風に一人の青年のイメージが長い年月で変化していく姿を見る機会は、これだけの年数業界にいる僕でもあまり見る物ではない。そういう意味で彼は非常に印象的な後輩の一人である。

おしまい

2017年3月17日金曜日

印象に残った対局 第7期雀王決定戦

本日は同じく片山先生のWeb漫画にもなっている第7期雀王決定戦について、
覚えている事を書いてみようかと

http://majandofu.com/manga/katayama-masayuki-snd-vol1/

この決勝最終戦も僕の競技人生の中でも忘れる事が出来ない瞬間の一つでしたね。
大まかな決勝全体の流れは
①初日から小倉孝が首位を走りいよいよ最終戦へ
②鈴木たろうはかなり厳しい条件を突きつけられつつも奮闘
③一方で暫定2位だった鈴木達也が最終局の親番にて小倉を捉え、トータル首位に立つ。そして後はノーテン終了するのみの状態で最終局
④しかしこれによりたろうが「テンパイ宣言すれば小倉優勝、ノーテン宣言なら達也が優勝」という局面にたたされる
⑤たろうがリーチをしてテンパイ宣言した結果、小倉孝が再逆転をして第7期雀王位となる

と、こんな感じです。
細かい内容は以下観戦記もあわせてごらんください。

http://npm2001.com/jannou/kansenki/7-jannou-4.html

まあ全体の展開は書くと簡単な話なのですが、
正直最終局やその後の場の空気は文章なんかで容易に表現できる物ではなかった。

僕自身、達也さんが小倉をまくった瞬間に、
「次局小倉が条件満たせるアガりを出来なければ達也さんが優勝か・・・・」
と安易に思ってました。

だからこそ、
途中からたろうさんが聴牌を目指している事が打牌から伝わってきた時、その並々ならぬ状況に気づき「どうすんだこれ・・・・」と思ったわけで。
「僕だったら舌噛んで死にたい」というのは見ていた一人の後日談、

僕としては、
「いっそたろうさんが、小倉か達也さんのどちらかと仲が悪かったり、打ち手として評価していなかったりしたら楽だろうけど・・・」
とも思いました。
両者を認めているとなると、あの状況は更に耐え難いだろうな、と。

そして終わった瞬間の場の空気、
タイトル戦の最終盤の空気ってどんな決勝でも緊張感にあふれる異様な物ですが、
あの場の空気は、様々な感情があふれた後にも先にもない独特の物でした。

終わった後も色々な事がありました。たろうさんの行為を「ゲームを歪めた」と批判する人は、協会内外に結構いました。

僕としてはあの立場を責める気なんて同じ競技選手としてなれなかったし、
「ベタおりとなると今度は小倉に不利な状況を作ってゲームをゆがめる。最終的に自分の優勝を少しでも狙うという立場ならリーチをして達也にテンパイを明示するのが正しい」
というたろうさんの意見は理論上正しいと思ってました。
でも「目がない人は邪魔をするべきじゃない」という考え方からの批判は多かった。「どこまでが目無しか?」って議論もそういう人たちにはあまり効果も無かった。

そんな宗教論争に近い世界に巻き込まれた中で、
堂々と自分の信念をつらぬいたたろうさんを見て、「やはり選手としては鑑のような人だ」とおもったわけで。ちなみに私人としては(ry

ただ、
実は僕があの場で一番印象に残った点は別にありまして。
それはたろうさんが最後の手を一巡ツモ切ってリーチした事、この点なんですね。

自分の優勝の確率を0.00001%でも追うのであれば、出来る限り早くリーチを宣言して、達也さんにテンパイを追ってもらわなきゃいけない。
そして「達也さんにテンパイ宣言をさせる為だけのリーチ」である以上、一巡のツモ切り=テンパイ宣言の遅れは、不利でしかない。

それでもたろうさんが一巡まわした理由、
これはもう自分の置かれているあまりのキツい立場に悩んで迷った為だった。
この決勝の前もその後も、
たろうさんが競技で実行してきたスタイルは基本的に自信に満ち溢れていて迷いがなかった。
しかしそのたろうさんが見せたこの不整合、

卓上のたろうさんもやっぱり人間だった」と僕の心に焼きついたわけです。

まあそれほどこの最終局は本当に辛かっただろう。

でもちなみに、数日後にその話をたろうさんにしたら、
「いや只のミスだから。ツモ切りした点"だけ"は本当に。」
と言ってました^^;

そして物凄い悔しそうな思いをしていた達也さん、
決勝後のスピーチで「翌年こそは文句のない内容で取る」と断言し、
きっちり第八期を取ったのも本当に凄かった。

「格が違う」ってこういう事を言うんだろうな、と思い知らされましたね。

あれからもう8年が経って、
いまやW鈴木は協会の、いや麻雀界のトップの一人となっているかと思います。
そんな二人や小倉孝の色々な思惑が交差したけの決勝、やっぱり忘れられない瞬間の一つですね。

さてついでに、
今回の主役(?)たろうさんの最新本が先日出版されました。
本人も「初心者から上級者まで参考になる内容」と太鼓判を押す出来なので、興味のある方は是非!私も買う!(予定!)

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